・世の中でいろいろな出来事が起こる中でも本業を貫き通した
・経営がぶれず、事業と技術を心に愚直に突き詰めた
株式会社ハーテック・ミワは創業以来、コンプレッサーのメンテナンスサービスと販売に特化する。本社を含め全国26の営業拠点を設け、顧客へのサービスにも万全の体制を整える。メンテナンスサービスで培った技術力を駆使した自社製品も開発。これまでの過程で厳しい時期も経験したが、2025年3月期には過去最高の115億6,600万円の売り上げを計上するなど、順調な推移を見せている。
老若男女かかわらず活躍の場づくりに注力
ハーテック・ミワの前身は三輪運輸工業の工業事業部。神戸製鋼所のコンプレッサー(現コベルコ・コンプレッサ)のサービス指定工場として産声を上げた。1974年に分離独立して三輪機工となり、1998年10月に現社名に変わった。社名は「社内公募から選ばれた」(末継浩幸社長)が、創業者の三輪武現三輪運輸工業名誉相談役の「心と技術を顧客にお届けする」に由来する。
神戸製鋼所がスウェーデン・SRM社との技術提携で世に送り出したスクリューコンプレッサーの普及に伴い、全国への拠点展開が求められた。末継社長は「まだ顧客もいない中で大変だったが、アフターサービスの存在は顧客に安心感を与える」(同)とした上で、「創業者の神戸製鋼所を支える気概も強かった」と振り返る。
相次ぐ拠点開設は経営的な厳しさを生み、利益を計上し、本格的にハーテック・ミワとして動けるようになるのは2010年頃と、相当な時間を要した。ただコンプレッサーは幅広い産業分野で活用され、業界ごとには濃淡はあっても全体でならせば均一化できたことが救いで、最近ではコロナ禍でも影響は受けなかった。
1994年には自社開発品「ミワエコノシステム」を発売した。省エネルギー化に対応したコンプレッサー制御装置で、知恵と工夫が凝らされている。そのほかガスタービン発電に燃料を送るガス圧縮機(ガスコンプレッサー)は、大手ガスタービンメーカーに採用され高いシェアを誇る。高層ビルや大型ビルの建設が進む現在、需要増が期待される。これら製品には長年培った技術力が発揮されており、創業者の〝技術集団を作る〟という思いを具現化した成果となった。
技術を駆使するには技術者の育成が欠かせず、ハーテック・ミワは〝人的資本〟を最大の武器と位置付けるだけに、いかに多くの人が入社するかにかかる。「魅力ある企業にすることが必要で、それは現在働く社員にも重要」(同)になるだけに、営業拠点のインフラ整備や教育制度の充実など投資は怠らない。
さらに女性の活躍推進にも注力し、管理職や役員として活躍の場を広げる方針。経営はおぜん立てせず、全国女性会議の開催を計画、自発的に考え進めることを狙う。どうすれば輝けるか、貢献できるかの理解を通じリーダーの誕生を願う。制度的にはすでに変更し明確化した。企業の持続的成長には女性の力が欠かせないという考えに基づく取り組みだが、外国人やシニアの活用も視野にあり、老若男女問わず活躍の場づくりへ意欲を見せる。
地域と業界でNo.1の現場力を目指して
2024年6月に末継社長が就任した際には今後の成長・発展につなげるべく、「中期3カ年計画」も策定。売り上げ至上主義ではなく、持続可能な企業への土台作りを大命題に掲げた。その核は〝人づくり〟に集約される。ハーテック・ミワのようにメンテナンスサービス企業はそう多くはなく、その価値は高い。それを支えるのは人であり、「当社のあるべき姿、道であり、まさに一丁目一番地」(同)とも強調する。
また2025年年頭の経営方針発表では「持続可能な社会の実現を〝現場力〟で支える」ことも表明した。これこそがハーテック・ミワの社会的存在意義そのものであり、手の届く目標として『地域と業界でNo.1の現場力企業になること』と設定。職務内容にかかわらず、一人ひとりが能力を発揮できる、明るく活気あふれたチーム作りを推進する。
末継社長は「中期計画の3年ですべて完成には至らない」とその都度アップデートする必要性を説く一方、「納得と共感で人は動くが、指示や命令では動かない」ことを今後も発信し続け、究極の目標である〝企業風土構築〟〝人的資本経営〟の実現にまい進していく。
会社DATA
創業:1965(昭和40)年9月
設立:1974(昭和49)年6月1日
所在地:神戸市中央区脇浜町2丁目1番16号
資本金:5,000万円
従業員数:341名(2025年9月1日現在)
事業内容:コベルコ・コンプレッサのメンテナンスサービスおよび販売
URL:http://www.h-miwa.co.jp
当社は気体設備技術を基盤として開発、製造販売、工事施工、メンテナンスサービスを通じ
より豊かな価値を創造し、社会の発展に貢献します。